クライストチャーチ地震から5年、街は復興しつつあるがまだ半ば

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クライストチャーチ地震から5年、街は復興しつつあるがまだ半ば

2011年2月22日に起こったクライストチャーチ地震(カンタベリー地震)から5年が経ちました。

この地震が起こった時、自分はウェリントン北部にあるロワーハットで生活していました。周辺地域は地震の影響が皆無だったので夕方のニュースで見るまでクライストチャーチの惨状を知りませんでした。

ウェリントンは地震リスクが高い地域のため建物の耐震化は随分と進んでいるようでが、クライストチャーチは地震リスクが低い地域とされていたようで、これが被害が大きくなった原因の一つかもしれません。

地震が発生した年の12月にクライストチャーチの街に行く機会がありました。この時、大聖堂を中心とした周辺全域はバリケードで封鎖され、ガーデンシティーと呼ばれている美しい街並みは見る影もありませんでした。

それから5年が経過し、再びクライストチャーチに行く機会がありましたので、今のクライストチャーチの様子を少しだけ書いてみます。

クライストチャーチ中心部の様子

クライストチャーチ大聖堂は地震後の状態で今も残されています。周辺はバリケードで覆われていますが、建物正面から建物の様子が見られるようになっています。修復させたいという希望もあったようですが、多額の修復費用が掛かる事や今後地震が起こる可能性が考慮され、2012年に解体される事が決定したようです。

大聖堂周辺の建物は、取り壊されたもの、建て直されたもの、建築中のものなどもありますが、まだ手付かずのものが多く残っています。長い間使われていない建物というのはどことなく不気味に感じられます。

地震前には中心部にはホテルやバックパッカーズなど沢山のアコモデーションがありましたが、現在は建て直されたNOVOTELがあるだけです。利用できる施設やショップも少ないので人の往来はあまりなく寂しさを感じます。

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大聖堂の南を通るハーフォード・ストリートを東に少し行ったところに、2013年8月にオープンした仮設の大聖堂カードボード・カセドラルがあります。カードボードという名前は、建材に特殊加工した紙が使用されていることに由来しており、設計は日本人建築家の坂茂氏が担当したそうです。

大聖堂からここまでの道中および周辺地域はかなり空き地が目立ち、何かを建てている様子もないので当分は空き地のままかもしれません。

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所々工事中の場所がありますが、周辺道路は不自由がない程度には復旧しています。滞在中、未舗装だった車道がやっと舗装されたという状況なので、ペースはだいぶ遅いと思います。建築中の建物が多いので周辺は非常に埃っぽいのです。

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震災直後、中心部にあったバスエクスチェンジや長距離バスの発着場が被害を受け、移動に不便な状態が続いていましたが、2015年5月のバスインターチェンジのオープンでクライストチャーチの交通機関は完全に復旧したと言ってもよさそうです。

それまであったバスエクスチェンジと場所もほとんど変わらないと思いますが、暗く狭かったバスエクスチェンジ時代とは大きく異なり、広く明るく使いやすい施設になりました。地震前にはバスエクスチェンジとは別の場所に発着していた長距離バスも、バスインターチェンジに発着するようになり利便性も向上しています。

おわりに

震災から5年が経過しましたが、ニュージーランド第2の都市であるクライストチャーチの中心部でありながら復興ペースはかなり遅いと感じます。特にアコモデーションの多く入っていた中心部の建物が全く復旧していないので、中心部はかなり寂しいものがあります。

ただ、これは観光客の立場から見た話で、中心部以外に目を向ければ地元の方々が普通の生活を送られる状況には復興しているので、クライストチャーチの街は十分に復興していると言ってもいいかもしれません。

2016年中には中心部にいくつか大型施設がオープン予定されています。少しでも多くの人々がクライストチャーチ中心部に集まるようになり、震災前の活気に少しでも近づけば幸いに思います。

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